第五章:学園編 ― 新たな舞台と再会
転移事件の地獄を抜けて戻ってきたあとに残ったのは、静かな空白だった。戦えば勝てる。交渉もできる。だが心はまだ折れたまま。エリスとの別れが落とした影は濃く、ルーデウスは「次の一歩」を踏み出す理由を見失っていた。そこで彼が選んだのは剣でも荒野でもなく、校舎と研究室――“戦わない戦場”であるラノア魔法大学だった。戦場で鍛えた力を、いったん秩序と日常の枠へ置き直す。ここから彼の再起が始まっていく。
学園は種族も立場も能力も異なる者が同じ机を並べる社会だった。荒野では通じた「強さの単位」は、ここでは講義や単位、研究成果や人間関係に姿を変える。武勇伝より提出物、個の武力より協働の段取り。最初こそ違和感を覚えたルーデウスだが、やがて気づく。サバイバルも課題も本質は同じ“問題解決”であり、必要なのは仲間と手順、そして撤退戦だと。魔大陸で培った習慣を、彼は“学びの現場”にも活かしていく。
この章の核となるのは七星静香(ナナホシ)との出会いだ。召喚でこの世界に呼ばれ、ただひたすらに帰還だけを望む彼女は、外部者の視点から世界を見ていた。ルーデウスは彼女と利害の一致で転移・召喚研究に加わり、荒野で“肌で覚えた世界”を、紙と理論で組み立て直す。ナナホシは「帰ることがすべて」、ルーデウスは「ここで生きる」と選びながらも前世の後悔を抱えている。二人は互いの欠けた部分を映す鏡のようで、冷たい計算と温度ある合理をぶつけ合いながら研究を進めていった。
そして学園は再会の舞台でもあった。無口で涼しい気配、常にサングラスのフィッツ先輩――その正体がシルフィエットだと知れた瞬間、時間が二重に重なり、幼い日の信頼や旅の痛みが一気に胸に押し寄せる。だが彼の心にはまだ傷が残っていた。シルフィは急かさず、ただ隣に立ち、信頼を積み直す。対話と歩み寄りの中でルーデウスは“できない自分も受け入れる”ことを学び、やがて赦しは愛へと転じていく。結婚という合意に至ったとき、彼の「守る理由」は“強くなるため”ではなく“共に暮らすため”へと反転した。
学園はまた新たな仲間との出会いの場でもある。造形に狂気的な才を持つザノバ、粗削りながら筋の良い獣族のリニアとプルセナ、正義感の強い神官候補クリフ。それぞれの個性を繋ぎ、役割の群れを束ねることで、ルーデウスは「戦わずに勝つ」術を学んでいった。力ではなく手を増やすこと――それが家族や都市、そして世界を守るための現実的な手段なのだと。
やがて研究は進み、召喚式の安定や座標の固定など、失敗と試行錯誤が生活のリズムとなる。ふと気づけば、魔大陸で鍛えたのは刃ではなく“諦めない心”だった。「帰りたい」と「ここで生きる」という二つの願いは交錯し、互いを否定しない地点で交わる。ナナホシには出口を、ルーデウスには居場所を――誰かの願いを叶えることが、自分の願いを強くするのだと理解する。
この章で彼が得たものは名誉や地位ではない。愛する人と並んで歩ける自分、課題や締切をこなす現実的な術、武力ではなく役割を束ねたネットワーク、帰る者と残る者のための研究の地図。それらはすべて、剣では届かない場所を“日常の勝利”で取り返す力となった。学園は彼を英雄ではなく、夫にし、友にし、研究者にし、為政者の卵へと育てていった。
しかし、平穏の先には必ず嵐が来る。
次章――第六章:家族編/父パウロとの再会と最期(母ゼニス救出)。
“本気で生きる”という言葉が、誰かの死と自分の選択でどれほど重くなるのか。そこで試されることになるのだ。