第六章:家族編/父パウロとの再会と最期(母ゼニス救出)
“帰還”は普通の物語なら抱擁で迎えられて然るべきだ。だけど現実はもっと理不尽なもの。ルーデウスと父パウロが再会したとき、そこにあったのは歓喜ではなく、疲労と怒りと自責のぶつかり合いだった。家族を失い、行方不明者の山に押し潰され、酒で心を麻痺させていた父は、「やっと帰ってきた」息子を抱きしめる余裕がない。互いに正しく、互いに間違っているからこそ、言葉は刃になり、過去の怨嗟が滲む。「なぜ認めてくれない」「なぜ分かってくれない」。家族再会の第一幕は、決裂で始まった。けれど、土下座で赦し合うような帳尻合わせに物語は逃げない。赦しには時間が要る。正しさの踏み絵では赦せない。弱さを曝け出して初めて、相手の痛みの輪郭は見えてくる。
二人を繋ぎ直したのは、言葉ではなく“行動”だった。手紙を回し、情報を集め、捜索網を広げる。パウロの旧友や冒険者仲間――エリナリーゼ、タルハンド、ギース――が力を貸し、人の力を束ねて着実に積む行動だけが、空いた穴を少しずつ埋めていく。やがて核心に辿り着く。母ゼニスが迷宮の奥で生きているかもしれない――その一報で、親子は「正しさ」ではなく「救う」という一点で歩調を合わせた。ぎこちないながらも、肩を並べる準備が整う。
目指す転移迷宮は、力試しのダンジョンではない。合図を誤れば仲間が消える罠が張り巡らされた、関係を破壊する装置のような場所だ。調査して印を付け、危険なら引き返す勇気を持ち、役割を分けて権限を委ね、失敗したときの責任の取り方まで決めておく――学園で培った「戦わない戦場の技術」が現場で一つずつ機能していく。ルーデウスは魔術の火力だけでなく隊の手順を整えることで貢献し、パウロは身体を張って最前線を受け持つ。過去に抱えた軽蔑は、共に働く積み重ねに置き換わり、薄れていった。
それでも最下層近くで迷宮は理不尽を剥き出しにする。転移罠が連鎖し、奇襲が続き、視界を裂く影が判断を奪う。刹那、前に出たのはやはりパウロだった。間に合わない一撃、読み切れない軌道、伸びる刃を前に、彼は自分の時間を削って息子の明日を買う。ルーデウスは英雄譚の“父の偉さ”を、賛歌ではなく血の匂いとともに学んだ。叱責より早く動く背中、説教より先に飛ぶ影。その瞬間、長くこじれた綱引きは切れ、パウロは“父”に戻る。
最終局面では、執拗に隊列を崩す強敵が連携を寸断した。次の一手に迷いが生じた一瞬、パウロが再び飛ぶ。選べば息子が助かる。選ばなければ皆が死ぬ。父親にしかできない選択ののち、一閃で致命の軌道は逸れ、隊は生き残る。代わりにパウロは帰ってこない。静まり返る迷宮に嗚咽が遅れて届き、英雄の葬送は音楽ではなく“止まらない仕事”へと変わる。泣く前にやることがある――母を見つけることだ。扉の先にいたのは、言葉を失ったゼニスだった。
生きていたという事実は光だが、現実は冷たい。ゼニスは言葉も表情も閉ざしていた。救出は帰還であっても回復とは限らない。ルーデウスは“助ける”という言葉を軽々しく使えないことを知る。これから始まるのは、介護と観察と伴走の日々。感情より先に生活を整え、できることとできないことを分けて役割を配り、期待ではなく記録で変化を見る――学園で身につけた手順が、ここで再び家族のための技術として働く。英雄の子としてではなく、家族として正しいやり方を選ぶのだ。
葬いは一度で終わらない。葬儀、弔辞、遺品――形式は短くても、喪の仕事は長い。父の死は彼の物語のクライマックスではなく、残された者の物語の始まりだとルーデウスは気づく。ノルンとアイシャにはそれぞれの距離に時間を与え、ゼニスには無理をさせない日常を積み、自分は働き続ける。強くなるだけでは守れない領域を、手順と暮らしで守る。学園での学びは、ここで生活技術へと変わっていった。
人は死者を理想化してしまう。だがルーデウスは父を聖人に仕立てない。酒、短慮、軽薄――欠けたままでいい。それでも最期の一歩は正しかった。赦しとは死者を清める儀式ではなく、生きている自分が前へ進むための手続きだ。完全に赦せなくてもいい。赦せない部分を抱えたまま、今日の家族を守ればいい。その現実への復帰こそが、「本気で生きる」という誓いの延長線上にある。
そして彼は理解する。家族の運営は政治だ。誰に何を任せ、どの資源をどこへ配り、何を諦めずに待つのか――小さなテーブルの判断こそ、のちに国際的な交渉や大戦の布石となる。父を失い、母を連れ帰り、妹たちの未来を案じる。その連続が大きな盤面を動かす決定力になる。英雄譚の裏側で繰り返される生活の選択、そこにこそこの章の価値がある。
パウロの最期は、ルーデウスから幼さを削ぎ落とした。守る対象が“物語”から“生活”へ降りてきたからだ。救出も看護も弔いも折り合いも、すべては“戦わない戦場”の勝ち方の延長にある。彼はもう、強さを証明するためには戦わない。守るべきもののためにだけ戦う。そのとき、剣はただの道具になり、魔術はただの手段になる。中心にあるのは、家族だった。