第2章:国家建設編(鬼人との出会い〜オークロード討伐)
拠点ができ、仲間が増え、食べ物も回り始める――国づくりの序盤は往々にして“上り調子”に見える。
だが、共同体は人数が増えた瞬間から別の問題に直面する。
治安・分業・規格・衛生・外交。
リムルは《大賢者》の助言を実務に落とし込み、まずは暮らしの骨格を再設計した。
牙狼族は哨戒と機動戦力に、ホブゴブリンは建設と伐採に、ドワーフの職人は工房の中核に据え、物々交換の比率を落とすための“ルール”を導入する。
道具の寸法や木材の規格が統一されると、作業は急に早くなる。
テンペストの街並みが街らしく見え始めたのは、力技の積み上げではなく、規格化という見えないインフラが回り出したからだ。
この“仕組み化”に、思いもよらぬ追い風と試練が同時に訪れる。
森で遭遇した紅い瞳の戦士一団――滅んだオーガの里の生き残りだ。
彼らは里を壊滅させた仇敵を追ううち、“勢力を伸ばす怪しいスライム”すなわちリムルに行き当たり、誤解から刃が交わる。
老剣士の白老(ハクロウ)が剣を抜けば、空気が変わる。
影走りの蒼影(ソウエイ)が死角に回り、紫苑(シオン)の剛腕、紅丸(ベニマル)の戦術眼、朱菜(シュナ)の法術、鍛冶の才をもつ黒兵衛(クロベエ)が支える。
短い応酬の末、リムルは敵意がないこと、そして“仇は別にいる”という結論に至った。
誤解が解けた後、彼は命名(ネーミング)を行うという判断を下す。
六人は一気に“鬼人(キジン)”へ覚醒し、テンペストは戦術・諜報・文化・工業・教育の核を一気に手に入れた。
- ベニマル:軍政/前線統率。
- ソウエイ:諜報/潜入/通信。
- シオン:近衛/国主護衛。
- シュナ:内政/祈祷/織染・工芸。
- ハクロウ:武芸指南/人材育成。
- クロベエ:鍛冶・製造/規格設計。
「人に役割を与える」ことが、国力の定義に変わる瞬間だった。
一方で、人間社会との接点は祝福であり試練でもある。
井沢静江――“シズ”との出会いは、テンペストの理念を決定づけた。
日本から召喚され、炎の精霊イフリートを宿して苦難を生きてきた彼女は、短い安らぎの後に暴走へ呑まれる。
リムルは彼女の“最期の願い”を受け止め、イフリートを鎮め、彼女を抱くように吸収する。
以後、彼が人型へ変化する時の姿はシズを写す形となった。
これは単なる便利な擬態ではない。
「人と魔物を繋ぐ架け橋でありたい」というリムるの倫理の芯であり、“誰も見捨てない国”というテンペストの宣言そのものだ。
だが、理念は戦場でこそ試される。
ジュラの森全域でオークが異常繁殖し、各地の集落を雪崩のように呑み込み始める。
背後には魔人ゲルミュッドの影。
標的は混乱そのもの――飢餓で他種族を襲わせ、“統べる王”を産むことで新たな魔王の座を狙う。
森の守護者ドライアドのトレイニーが異例の勅命を下す。
「森を救ってほしい」
ここでリムルは視野を一段広げ、「一国の防衛」から「地域秩序の維持」へ役割を移すこととなる。
テンペストの動員は素早かった。
第一にリザードマンとの同盟締結。
湿地に強い彼らを活かし、上陸点・伏兵位置・退路の“地図”を共有する。
ただし王子ガビルの虚勢と独断は危うい。
ソウエイが密に連絡線を確保し、誤射と突出を防ぐ。
第二に複合部隊の編成。
前衛は牙狼の機動群+鬼人主力、支援はゴブリン工兵とドワーフ製の投射兵器、後方に避難誘導・炊き出し・救護を置く。
第三に民間優先の戦術。
勝つだけでは不十分で、「生きて帰す」導線を先に敷く。
撤退線の常設、夜間の誘導灯、炊き出しの位置、傷病兵の集約地点――戦いの設計図は、最初から戦後を見て引かれている。
前哨戦が片付くと、戦場の熱は一気に高まる。
十万を超えるオークの海。
飢えで恐怖が鈍り、捕食で強化が加速する。
ガビルの突出は誘いに近く、リムルは“士気の折れ目”を見計らって救援を差し込む。
ベニマルの号令で火力が線になり、牙狼が側面を噛み、ハクロウが綻びを断ち、シュナが祝祷と浄化で負荷を下げ、シオンが国主を守る盾となる。
優勢に傾く――はずだった。
ゲルミュッドが前に出る。
嘲弄、命令、侮辱。王の器を満たす舞台を整えていたつもりが、彼自身が喰われた。
その瞬間、オークロードは“災厄”へ変貌する。
オーク・ディザスター。
飢餓の権能が戦場全体に波及し、兵は膝をつく。
ここでリムルは最前列に出る。
言葉を尽くし、絶望の芯を見極め、正面から抱え込むように飲み込む。
《捕食者》は“食べる”だけの力ではない。
解析・隔離・無効化を組み合わせ、飢餓の連鎖そのものを演算で止める解法だ。
王が折れ、波打っていた権能が鎮まると、オークたちは“飢えた兵”へ還る。
ここで刃を振るうのは容易い。
だがテンペストは違う道を選んだ。
戦後こそ、領主の器量が問われる。
リムルは罪の重さを峻別し、積極的加害に回った指揮層へは罰を、大多数は“飢餓に駆られた被害者”として赦免を与える。
逃がすのではない。
居場所と役割を与える。
開拓・土木・衛生・運搬――手が足りない現場はいくらでもある。
統率の才を見せた一人に「ゲルド」と名を与え、復興の顔に据える。
憎しみの連鎖は、働く場と誇りで断ち切るのが一番早い。
これがテンペストの平和の作り方だ。
ドライアドのトレイニーはリムルを“森の盟主”と認め、ジュラの秩序を預ける。
国家ではなく、原野の自治を託す宣言。
祝福と同時に重い責任が肩に載る。
テンペストの行政はここから急速に整う。
ベニマルの軍政の下、部隊は常備へ移行し、ソウエイの諜報線は国外へ伸び、シュナ主導の工房と祈祷は文化と衛生の基盤になる。
クロベエは規格設計を推し進め、武具だけでなく住居・橋梁・車軸まで標準化。
シオンは近衛隊の作法を定め、“王の盾”を制度に落とした。
法と呼ぶには素朴だが、罰と責の線引き、交易と関税の取り決め、避難手順の明文化が進む。
「勝ったあとに何をするか」で、国は初めて“国”になる。
ただし勝利は静かに敵を呼ぶ。
ゲルミュッドの背後、魔王クレイマンの視線が森を掠める。
新興のジュラ・テンペスト連邦国は、もはや見過ごせないほどの存在となった。
表では交易の船が増え、職人と移民が流れ込み、街は昼夜を選ばず賑わう。
裏では、魔王たちの円卓にテンペストの名前が載り、宗教勢力や人間諸国の計算が動き出す。
「力と慈悲の両立」は美談であると同時に、もっとも妬まれる統治様式でもあるからだ。
リムルはそれでも歩を緩めない。
テンペストは“魔物が笑って暮らせる理想”を体現し、道路が延び、井戸が増え、読み書きの場ができ、税ではなく労役と配給で回る暫定の社会契約が築かれる。
鬼人は要となり、オークは街の筋肉となり、牙狼は森の目となり、ゴブリンは町場の手となる。
バラバラだった種族が、役割という言語でつながり、共通の未来を語り始めた。
オークロード戦は、テンペストを“村”から“理念ある国家”へ押し上げた通過儀礼だった。
戦術では勝ち、統治でも勝ち、そして“恨みの残らない終わらせ方”で勝った。
だからこそ次に、より大きな争いがやって来る。
魔王たちの思惑、人間国家の恐れ、宗教の権威――盤面は拡がり、駒は増え、手番は早くなる。
だがテンペストには、もう後戻りしないための基礎がある。
役割が人を育て、人が国を育てるという循環だ。
シズの志を胸に、リムルは次の段へ――“覚醒”へ向かう。