第3章:魔王覚醒編(人間国家との衝突/ワルプルギス)
テンペストが“理念ある国家”として立ち上がったとき、同時に周辺世界もこちらを“国家”として見始める。
交易は活発化し、移民は増え、布や武具や保存食が規格化されて外へ流れ出す。
ここで必ず生まれるのが、利害調整と既得権の反発だ。
人間国家ファルムスは「新興国テンペストが通商の主導権を奪う」と警戒し、宗教権威(西方聖教会)は“魔物の国”という存在そのものを許容しない。
テンペストの成功は、誰かの失敗と見なされる。
国際政治の現実が、理想の上に覆い被さった。
偽装平和と内通――攪乱の設計図
外からの圧力は、正面衝突ではなく内側からの攪乱として来る。
テンペスト内部に、人の姿をした“異質”が紛れ込む。
彼女は穏やかで、学ぶのが早く、街を傷つける素振りなど欠片もない。
だが背後には、魔王クレイマンの糸が絡む。
彼女(ミュウラン)は“心臓”を握られた拘束付きの諜報要員で、彼女自身にも抗えない障壁(バリア)起動の役割が与えられていた。
テンペスト側は彼女の有能さを評価し、彼女もまたこの街を好きになっていく――
それでも、仕掛けは時間通りに動く。
“内側からの妨害”と“外側からの軍事行動”を重ね、テンペストの最も脆い瞬間を穿つ。
それが敵の狙いだった。
ヒナタとの交差――退く勇気が守るもの
テンペストから遠く離れた帰路、リムルの前にヒナタ・サカグチが立つ。
西方聖教会最強の剣。
合理と鉄の信仰で動く“対魔物の切断機”。
彼女は“魔王と同格の脅威を見過ごせない”という自分の理屈で、リムルに刃を向ける。
ここで注目すべきは、リムルが勝ちを狙わなかったことだ。
彼は“今、ここで得る一勝”よりも、“このあと救うべき命”のために撤退を選び、機能するデコイと知能戦でヒナタを抜ける。
英雄譚の常識からすれば、ここでの退却は格を落とす“逃げ”に見える。
だがテンペストの国家目標は「皆が笑って暮らす」であり、その達成可能性は最前線の勝利より本丸の被害最小化にかかっている。
退く勇気が、国を守る。
二重障壁と虐殺――理念の破断点
戻ったテンペストには、二重の障壁が張られていた。
反魔法・反精霊結界。
魔物の生命線である魔素を根こそぎ奪い、治癒も再生も封じるための“対魔国家用の全否定フィールド”だ。
軍勢を引き連れたファルムスは、この障壁に庇護された“安全地帯”から街を蹂躙し、住民を次々と殺していく。
これは国力の計算ではなくジェノサイド手順であり、テンペストの理念
――「誰も見捨てない」「共存できる」――
は、ここで現実に叩き折られた。
もっとも大きな損失は紫苑(シオン)の死である。
国主の盾であり、笑顔の中心であった者が倒れた事実は、戦術上の損耗を超えて共同体の“心臓”をえぐった。
理想は力でしか守れない局面がある――
リムルは初めて一線を越える決断に迫られることとなる。
収穫祭(ハーベストフェスティバル)――魔王への道
彼は選ぶ。
「魔王」への進化。
条件は一万の人間の魂。
これは世界の“側”が設定した残酷な閾値で、越えれば“願い”が叶う代わりに、戻れない地点を通過する。
リムルはためらわない。
ためらう時間があれば、死者が増えるからだ。
作戦は二段。
まず障壁を破り、街を縛る“安全地帯”を剥がす。
次に、ファルムス軍本隊に対して最少時間で最大魂数を確保する殲滅を行う。
ここで使われるのが、“メギド”――高度演算で空中の微細な水滴を収束レンズにし、太陽光を“降る刃”へ変換する無情の理術。
上から下まで貫通する光刃は、軍律も士気も盾も一瞬で無意味にし、ただ静かな死だけを積み上げていく。
国家間戦の作法から見れば、これは許容を超える一方的殺戮だ。
だが“国家による魔物絶滅計画”に対する抑止として、リムルは二度とやらせないために、現実に楔を打った。
閾値は越えられ、世界は応答する。
テンペストの空が揺らぎ、リムルの内で《大賢者》が《ラファエル》へと進化し、権能が再編される。
収穫祭は“願い”をもたらす――
リムルは死者の蘇生という非情の代償を、そのまま成果へと反転させた。
紫苑も、市民も戻る。
国は“理念を捨てずに、力を持つ”という新しい局面へと移り変わったのである。
抑止力の整備――“悪魔”という資源
収穫祭のもう一つの果実は、原初の悪魔・ノワールとの絆だ。
召喚された彼は、名を与えられてディアブロとなり、微笑みながら“仕事”を請け負う。
彼の存在は、テンペストに「迅速で、徹底的で、後腐れのない」対処能力を与えた。
政治は最後に暴力で担保される――
その現実に、テンペストはようやく正面から手をかけた。
以後、ディアブロの暗躍は“抑止力”としての効きを示し、敵は軽々には手を出せない。
さらに、収穫祭の過程で解放されたのがヴェルドラだ。
封印解析が完了し、リムルの体内から新たな“器”へと転写される。
暴風竜の帰還は、テンペストの核抑止そのもの。
以後、この国に対する露骨な力攻めは、計算が合わなくなる。
戦後統治――勝利の後に何を残すか
敵対したファルムスは、王と上層の責任者を拘束され、賠償と政権交代、通商の再設計を迫られる。
ここでリムルは単なる報復ではなく、新しい安定の枠を作る。
傀儡化や植民地化に走らないのは、テンペストが“魔物の国の見本”であり続けるためだ。
暴力で得た勝利を制度と合意に変換する――
国際政治を回す初手として、これは正しい。
一方、宗教側(西方聖教会)との関係は“誤解”の層で複雑に絡んでおり、ヒナタとの決着は後日に繰り越される。
ここでもリムルは「一気に片をつけない」。
テンペストが掲げる共存の理念を、自ら壊さないために。
ワルプルギス――八星魔王の席へ
魔王たちの夜会――ワルプルギスが招集される。
議題は“クレイマンの主張”と“新魔王リムルの是非”。
ここは法廷であり、見世物であり、そして戦場だ。
クレイマンはテンペスト襲撃の正当化を図り、最強の魔王の一角であるミリムを“従えた”と誇示し、座を揺らして利を得ようとする。
リムルは論で挑み、証を示し、最後は実力で黙らせる。
クレイマンの背後にある指示系統――“操り手”の気配――までは断てないとしても、少なくともこの場の“虚勢”は切り落とす。
ミリムの不可解な敵対行動は、裏に彼女なりの策があったと明かされる(誰の支配にも屈していないという宣言でもある)。
そして、クレイマンは倒れる。
この結末は、魔王制度そのものの再編へつながる。
十数の魔王は整理され、“八星魔王(オクタグラム)”が成立。
リムルは新たにその一角に座し、名実ともに“世界秩序の当事者”となる。
テンペストは、理想の国から一段進んで理想と現実を両立させるプレイヤーへ変わった。
力は理念を守るために
第3章は、テンペストが「力を持たない理想」から「力を持つ理想」へと昇華するための通過儀礼だった。
内通と二重障壁という“現代戦”に対して、理念を折らずに“最小時間・最大確率”で応じたこと。
収穫祭で得た願いを“蘇生”と“核抑止”に使い、国の心臓を守ったこと。
戦後処理を報復劇にせず、合意と制度へ変換したこと。
そして、ワルプルギスで論と武の両面で席を得たこと。
以後、テンペストは“対等な主権国”として語られる。
だからこそ、次の敵は大きい。
大陸規模の帝国、古い神話の残滓、そして“操り手”の本丸――
盤面はさらに拡がっていく。
だがリムルには、もう退路のない覚悟と、退くべき時に退ける胆力がある。
守りたいもののために、力はあるべき場所へ置かれた。